AVANCE

〜ビアン人生も悪くないですよ〜

2分の1!

今週もお疲れ様です。夜のてっぺんごきげんよう。

 

\\\ インフルが出たどーーーー!! ///
みなさま、私の職場で今週インフルエンザが出ました。
いっときほどは気候が不順ではないとはいえ、寒さは深まってきていますので、どうぞ体調お気を付けください。
私自身はインフルに罹ったことが無いので問題ありません。(ドヤア)

 

気が早い話でしたが、季節はまだ秋。

 

紅葉狩りデートにおじゃま虫する

羨ましい…!
紅葉は今週がピークくらいでしょうか。
見に出掛けられた方多いんだろうなあ。みなさん、どこまで行かれたのかしら。

 

そういえば、このたび(ちょっと前ですが)30歳になりました。
25から4年間5年間、アラサー(アラウンドサーティ)と自称していましたが、現在は晴れて「ジャスサー」(ジャストサーティ)です。
むしろ、過不足なく、修飾する必要が無く、ただのサー(サーティ)です。

 

サー!です

 

 

三十路に正式に突入する、というのは前々から心の準備は出来ていたのであまり感慨はありません。
ですが、こうは思いました。

「人生の二分の一が終わったのね。」

正確には、70年生きるかもしれないし80年生きるかもしれないのでこの計算は正しくないのですが、年を取るにつれて一年一年過ぎ去るのが早く感じられるようになると聞くし、「半分終わった」くらいの認識でいいのかな、と解釈します。

 

 

 

これまでのまるまる29年、どんな風に生きてきたかしら。

ほぼ学生だった頃の記憶で占められているけど、その他にも、
農家さんへ手伝いに行ったり、秩父へ移住したり、出版社へ通ったり、引っ越したり(×2)、セクシャルマイノリティの世界へ進出したり、
だいぶ色々と経験を出来たような気がしています。

国内ばかりでも多くの土地にお邪魔したし、色々な業界を垣間見れたし、色々な人に出会えました。
今が充実しているから、なんだかこれまでが良いもののように思えます。現に、いま顧みても、与えられた境遇なりになかなか運良く生きて来れた気がするなあ。有難いことです。

 

で、もう一つ思ったのですが、
「30って子供。」

さすがに30になれば大人になっているだろ~
と高を括っていましたが、私の場合はそんなことはありませんでした…
相変わらずディズニーもゲームもアニメもアイスもチキンナゲットも卵ボーロもビスコもたべっ子どうぶつも好きだし、お酒は飲めないし、人見知りのままだし、ウェイ方面が恐いし、毎日何かしら反省することがあるし、淡々と楽に生きられないし。アホな匂いのすることに寄って行ってしまうし。好きな人に好きと言えたことがないし。

 

…30って、こんなに未熟でいいんでしょうか。

小さなころに思い描いていた30歳は、とうに世慣れていて知らないことなんてない、って感じだったんですけどねえ…
なかなか、経験や精神性というものは時間に収まりはしないんですね。
当初描いていた「プラン」なんて、将来待ち受ける苦しみや努力や諦めや寂しさなんて勘定に入れないで、私がただまっとうにまっすぐ生きていけることを前提としたものだったんだなあ…。
そりゃあ酷な前提です。小さい頃の私よ。
「プラン通りになんてうまくいかない」ということを知るほどには変われましたが、結局、私は私のまま、「30歳」を思い描いていた頃と本質的には変わりないまま来ました。

 

世間で言われる「成長」だとか「学ぶ」だとかは、もちろんありましたけどもね。
でも、それは、「劇的に違う自分に変わる」なんてことではないんですね。
ただ、ひとつひとつ生きやすくなるだけ。生きている環境に適応していくだけ
しかも、逐一苦しみを伴うから、その適応速度は亀の歩み…未満。

 

人間、時間を経たからってそうそう成長しているとは限らないですね。

 

とはいえ、わりと夢中で駆け抜けて来れた気もします。
かつての事を思い返すと、恥ずかしいことや反省・後悔も多々ありますが、あの時なりに頑張れていたのでしょう。

 

あと、私の人生は半分。
あと、これまで生きてきたくらいの時間(体感的に)で、私はまたここからいなくなる。

 

「水の半分入ったコップ」
という話、ありますよね。
ネガティブな人は「半分しかない」と思うが、ポジティブな人は「半分もある」と感じるというアレ。

 

今思うことに当てはめると、自分に残された時間は、「半分しかない」と思うか、「半分もある」と思うか。ってことですね。
「半分もある!」と感じるべきなのかもしれませんが、正直な気持ちを言うと、「あと半分しかないのか…(驚愕)」です。

あまり面白いとは思えなかったこれまででも、いつのまにか30年は経っていました。
「いやだいやだ」と思っていたことも、過ぎてみればなんてことは無いし早かったー。
それだけに、「もう人生折り返しに入ってるよ。」という事実に気付くと、冗談を言われているみたいです。
むしろ、私の人生は始まっていたのか。

 

大好きな秋も金木犀の香りにも、あと(体感的に)30回しか出会えない。
東北や、ネパールや、スペインやイタリアやイギリス、本場のディズニーランド、行きたいのにまだ旅行できていない。それどころか、横浜のラーメン博物館(県内)すら、江の島水族館(県内)すら行ったことが無いのに。
やりたいとずっと考えていることも、表現をまだ始めてさえいないのに。
「家族」でも、「家族のよう」でもいいから、そんな関係を誰かと築けるのかすら分かっていないのに。

 

・・・・・・・・・

まだ、まだまだ時間がないと困ります。
何十年かけてでも、作りたいものがあるんです。
秋について全て味わい尽くしているわけではないんです。今の秋すらみすみすやり過ごすだけになってしまっているのに!

「まだ時間がある!」
という認識では足しにならないんです。
物理的に時間が足りないんです。
そんな悠長に構えていたら、やりたいことが与えられた時間に収まらない気がするんです。

 

 

 

そうやって、「まだ足りないもの」を埋めようとしているうち時間は足りなくなるかもしれないので、時間に収まるようまたプランニングしなきゃいけないんですけどね。
「まだ、やりたいことを収められる時間は十分にある!」
と思える余裕もなければ。ゆったりのんびりもしたいので。
実際後半を生きてみたら、やっぱり時間が足りないかもしれないですけど。

 

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

 

この先の人生二分の一も、さまざま経験させてもらいながら生きて行けるかしら。生きていけたら良いな。
気付いたら「あ、もう寿命か。」というくらい退屈せず生きることに夢中になれたら。

 

 

 

そういうことなので、オフ会でお会いすることがあったら、「サー!」と挨拶してみてください
そうしたら、こちらは愛ちゃんばりの「サー!」で返し…

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・。

 

…返さずに、「うるせー!」と怒り出すかもしれません。
30は、なんというか人間的にまだまだ。ってことを私が代表して表現しようかと思います。
(特殊な30歳なような気が自分でしているので、勝手に代表していいものか分からないけど)

 

 

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