AVANCE

〜ビアン人生も悪くないですよ〜

「好き」だけでは、自分本位な恋?

お疲れ様です。今週も夜のてっぺんごきげんよう。

 

 

給餌という発想はありませんでした。この画像かわいい////////

 

そろそろお盆ですね。
もう「連休に入った」という方も多いのではないかと思います。

 

かく言う私もお休みに入っておりまして、ゆっくり休ませてもらいながら引っ越しに片を付けております。
(さすがにそろそろ完全に終了出来そうです!)

引っ越しだけでなく、出掛けたり、遊びに行ったりする時間も今年はとれそうです。長めのお休み、ありがたやー。

 

でもね…

でも…

 

 

どこへも遊びに行きません。

 

混んでるんすもん!
どこ行っても、駅の構内すらも人が多いんすもん!
どこ行っても暑いんすもん!
すもん!

守門

 

遠出を避けるべきなのは大前提として、隣町のモールや映画館にすら近づかない予定です。
それをいいことに、溜まってしまったやぼ用を済ませようと思います。

 

(やったーーーーー!!!!!!!!)
(ここぞと引きこもれるぞぉぉぉーーーーーーーーーー!!)

 

やっぱり引きこもるの大好き!
一番鋭気を養えます。

 

みなさんは、お盆休みをどのように過ごすのでしょうか。
どんな予定であれ、どうぞ大事無く良いお休みを!

 

 


 

 

さてさて、今回は恋愛の心意気についてのお話をしたくてですね。

 

というのも、コラムサイトやニュースサイトにて目につくままに記事を読むことがあるのですが、先日こんな記事を見つけまして。↓

 

 

 

う、うわあああ。
何気なく読んだだけなのに、刺さりました。
こちら、MSNのトップページに上がって来ていたコラムなので、既に読まれた方もいらっしゃるかもしれません。

 

 

刺さったキーワードを拾ってみると…

 

「好き」なだけでは自分本位。

「好きな相手を利用して、自分が幸せになりたい」

自分の心の隙間を埋めるために相手を利用しようとしがち。

 

 

…うわあああ。
周りでも、自分でも、そんな恋愛ばっかりだった気がするぅぅぅぅ。

 

 

「どうやったら『好きな気持ち』をうまく表現できるんだろう」
って、ずっと思ってましたが、このコラムを読むとなんだかシンプルですね。

 

そうか。

「この人を幸せにしたい!」

って感情で動けばいいのか。

 

 

冷静な時は、「そんなの当たり前」って分かっているんですが、実際に恋愛モードになると、ついついすっとばしてしまいがちな気持ちなような気がします。

「あんな応対して嫌われてないかな」
「あの人は私の事どう思っているんだろう」
「少し間を空けた方があちらも気にしてくれるかな」

などなど…
実際は「自分が好意を向ける相手から好意を返してもらえないことへの恐れ」ばかり考えてしまいがち。
そして、気を引ければ、と相手にも自分にも素直じゃない態度を取ってしまったり。

 

でも、
本当に好きなら、傷付けたり、損なったり、悲しませたりといった駆け引きなんてする意味がない。
本当に好きなら、相手が幸せなのが自分にとっても幸せ。
本当に好きなら、その人への慈しみを忘れたりしない。

グハァ(^q^)
自分で書いててダメージ受けますわ…

 

 

ん?ということは…

「相手のプライベートや趣味嗜好を尊重する」
「自分がしっかりと自立出来てやっと依存ではない恋愛が出来る」

といった、「大人の恋愛」についてよく言われる定型文も、「この人を幸せにする!」という気持ちの前では何でもない当たり前のことなんですね。

けど、自分が寂しかったり不安に支配されていたりすると、まず自分の事ありきになっちゃう。
そこに「誰かいてくれればこの不安は解決するのに!」と他者を巻き込むと、自分の足りない部分を補わせる役割を他者に求めてしまう

「自分に気を向けていてほしい」
ことから引き止める誰かには、こちらから重荷を背負わせているということ。

…「重荷を背負わせる」なんて、それは好きな相手にすることじゃないですよね。
重荷を背負ってあげるくらいじゃないといけないはずなのに。
相手に「重荷」だと思われていなくても、こちらが何かを背負わせていると思うと単に申し訳ない…。

 

「自分にしてほしい」
んじゃない、
「自分がする!」
そんな能動性が本当は大切なのだなあ…。

 


 

 

そうは言っても、「どう幸せにするのか」という具体的な方法を問われると、それこそが難しいですが…。
個々人の「都合」や好き嫌いなどの「相性」などで、「幸せにする!」という心意気があっても、うまくいかないことの方が多いかもしれません。
暑苦しがられたり、重たいと感じさせてしまったり、気持ち悪がられてしまったり…。

 

けど、「この人を幸せにする!」に軸足を置いていれば、少なくとも自分にとってアツい恋愛になりそうです。こちらの思いで動けますもの。

待っているだけでは、「自分の思いを殺して相手に振り回される」のが基本の動きになるので、自分から見た状況は可変的かつ不安定で、寂しさや不安は継続するんじゃないでしょうか。

 

 

「寂しいから」と誰かを引き止める恋愛より、「自分が幸せにしたいんだ!」という気持ちから動く方が、だめになった時も次に生かせますしね。

前者だと、相手への期待値が高いので(「自分の寂しさを埋めて欲しい」というハードルがある)、相手の言動が自分の期待値に届かないものだった場合、失望しがち。
下手をすると、恨んだり嫌いになったりして離れていってしまう可能性も…。

一方で、後者の場合…
相手への期待よりも自分への期待が大きいので、うまくいかなかったときも、
「あんなこと言っちゃいけなかった」「ああすれば良かった」「こうすればまだ違っていたかもしれない」
といった反省が湧きやすい気がします。
反省が起こるということは改善につながるということ。きっと、「誰かを幸せにしようと頑張った」経験は少しずつでも血肉になっていくはず。

同じ「恋人いない」でも、寂しい寂しい言い続けてる人より、努力や工夫をしてきた人の方が人として面白味がありますよね。

 

 


 

 

「自分かわいさ」がぶっ飛んでしまうくらい、純粋に「好きだわーーーー!!」と感じられる出会いを大切にしたいものです。
もちろん、「覚悟」として「大切にする!」「幸せにする!」と腹を据えることも必要な事でしょうけども。

 

「誰でもいいから(※容姿とかスペックとかの条件なく本当に誰でもいい※)必要として」
というタイプでは全然無い以上は、こちらから好きになった誰か(や何か)に対しては、心の内では男らしくイケメンでなくては。そしてそれを先方の迷惑にならないようにじわじわ実行していかなくては。

「好き」の表現って、もしかしてそういうことなんですねえ。

 

 

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