「人生はいつもいきなり本番だ。予め練習できれば、こんな惨めなことにはならないのに。」
昔の人も嘆きました。
「なして人生はやり直しが効かないんよ!!」と…。
皆さま、お疲れ様です。今週も夜のてっぺんごきげんよう。
「どうやら暗い人間みたい」略して「暗ブログ」、第三回目でございます。
今回は、恋のお話をいったん離れ(またすぐ舞い戻ってきます)、
「人生について。」
です。
・・・重い?重い?
こちら、「暗い・重い(・気持ち悪い)」
を信条とするブログなので、このくらいのテーマ設定はお許しください。
(とは言っても、まだまだ人生なんて語れる年ではないので、拙文はあくまで「人生のごく一端に対する一個人の思ひ」であることをご了承ください。)
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「人生について」というか、「人生の理不尽さについて」です。
ほんと、人生ってば理不尽です。
「準備しておきたかった!」「やり直したい」「もう一度機会があればうまくやるのに…」
ということなんて数えきれないほどあります。
・・・それもこれも、人生が唐突にsomethingをけしかけてくるせい!!
somethingったら凶器!初見殺し!!
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人生ってばエグい。
あんな角度やこんな角度からsomethingが切り込んでくるなんて。
そして、私、なんて不器用。
すぐ舞い上がるしテンパるしキョドるしどもるし忘れるし。
今考えたら、やりようがあったのに。
どうしてあんな風に対処しちゃったんだろう。
どうしてあんな選択をしちゃったんだろう。
・・・それによって負った傷や恥をどうしてくれよう。
今後に支障が出るかと思うんですが、補償はあるの?労災おりるの?
・・・なんて言ってみても、やり直しはできない。(補償も労災もない。)
時間も事態も私を待ってはくれない。
・・・個人的に、人生って今のところそんな感じなんですがみなさんどうでしょう…
もちろん、事前に練習したり学習したり研修したり準備が出来れば良いんですが、そういうことばかりじゃないのが人生。
自分の未熟さや準備不足で引き起こされた失敗ならば、改善のしようはまだあるけど。
急な病変、事故、犯罪、死・・・
極端な事例ですが、こういったことは、気を付けていたって防ぎようもなく来るときは来る。
でもでも、
冒頭に挙げた通り、昔の人も「人生、事前に練習出来たらよかったのに。」って嘆くぐらいです。
万人にとって人生ってそんな面があるものなんでしょう、きっと。
そういった、時間も精神も、場合によってはお金も名誉も挫かれたり損なわれたりすることも込みで「はい、somethingが起こりました。では、この状況をあなたはどう生きる?」って言われているような気がします。
ああ、something来てしまった。人生って理不尽。いけず。
って嘆くのは普通で当たり前の反応です。きっと誰もがする反応。
つまり、「よろしくないこと+それに嘆く」って、とんかつにキャベツの千切りが付いてくるくらい当然のセット。一緒に付いてくるパターン。
理不尽なsomethingが我々にじゃれついてくるのが許されてるんだから、こちらだってここぞと失敗したのち存分にうじうじしたって許されると思います。
人生にも、それくらいの懐の広さはあるはず。
・・・よっしゃ。書いていたらそんな気がしてきました。
うじうじしましょ!!皆さん!!笑
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というか、生まれてきたこと自体がとんでもないsomethingですよね。もしかすると。
生まれ落ちた後はどうして自分がここにいるのかよく分からない。
「生きていかなきゃいけない」って自覚が出来るまで、戸惑ってばかり。
自覚も覚悟も出来ていたって、そう上手くは生きられない。
(人によっては、消えることの方に力を注いだり。)
ほんと、わたしたちって不器用。
相対的に器用と言われる方ですらも、人生の前ではきっと不器用。
メンタルが鋼な方も、気にしないだけで色々と取り落としまくっているのがきっと実情。
somethingのせいもあって、どんな人でもなかなかへたくそにしか生きていけない。
たいていの人生なんて、「ボロボロ」なもの。きっと。
鍋物に白菜が入っているのと同じくらい当然に、
「ピンク色の、対で蠢く生き物」=「林家さん」
って言うのと同じくらい当然に、(例えが浮かびませんでした)
生きるのなんてイコール「そういうもの」なのかも。
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そして、somethingをいちいち恐れてちゃ立ちいかないのも人生。
「うじうじしましょ!」などと言いましたが、一つ一つの事にどっぷりかかずらわっている時間は無いのですねぇ・・・立て直せないままにまたsomethingがやってきたりもしますし…しんどい…。
・・・ここまで人生が厳しいものなら、人生って、「うまく生きる」ためにあるんじゃないって考えていいんじゃないでしょうか。
「うまく生きる」ためじゃなくて、「ただ生きる」ことにすでに意味があるのでは…
個人的にはそう思いたいです。
また、翌週以降、このブログで関係することについて考えていきたいと思っています。
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