AVANCE

〜ビアン人生も悪くないですよ〜

自分の受け皿はまず自分

みなさん、またも夜のてっぺんごきげんよう。連投第二弾です(本篇)。
こちらも絶賛チラシ裏への道を究めていきますよ!

・・・あのあの。
先に上げた初恋なお話は、ホームを通過する新幹線「こだま」(「ひかり」とは言わない///)並みに右から左へと流してくだされば幸いですので。
もうみなさん寝ていたらいい。朝になったら他の人の記事に埋もれていればいい笑
けど、上げちゃった!罵ってほしいから!!今後の為に開示も必要と思うので、取り下げてやらないの!

さておき、本題です。



「自分を許すことが、真の度量につながる。」(他者を理解しやすくなるから。)
という前回の内容から、今回は、

「自分を認めなよ」
ということを考えていきます。

「好きっていいなよ。」的な?壁ドンいけめん的な?(読んだことない。)(からこれ以上無理しない。)


あのですね、
みなさんはご自分を労わってますか?

・長い勉強の果てや大きな仕事のあと、何かを成した後、
「頑張ったね」って。
・何か辛いことがあって、それによって心がダメージを受けた時、
「辛いね」って。
・努力したのに、それを認められなかったり空回りしたり勘違いされたりした時、
「かわいそうだね」って。

自分自身に心の中で声掛けしてます?
「頑張れ!」「耐えろ!」とか叱咤・鼓舞するような言葉じゃなくて、単に自分の状態や心のありようをそのまま肯定する言葉で。
悲しいことも辛いことも頑張ったことも、あ、もちろん喜ばしいことも、相槌を打つように肯定する言葉。

「やだ、ナニソレ痛い」
って思われるかもしれません。

けどね、自分のことは自分でまず肯定しておいた方が面倒じゃないと思うんです。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

というのも。

「あー!レポート終わったアァァァァ!!!!!疲れた!休ませろ!!知らん!!もう知らん!!
ちょっと○○~!わたしこんなに頑張ったの!聞いて聞いて~!!」

やめてください。こちとらこれから夜勤です。

「・・・ああ。つらい。社会人になって誰も私を褒めてくれない。こんなに頑張っているのに。なぜ誰も私を褒めてくれないの。
・・・ねえ、私の話を聞いて。いかに私の境遇が辛いか。私がどんなに健気か。」

やめてください。こちとらこれからずっと楽しみにしていたオフ会に繰り出すんです。

・・・

・・・ってこと、ありません?
「話聞くのはやぶさかじゃないけど、いっつもこの人ってば愚痴や悲観ばっかり!こっちにも都合があんのよ!さすがにそろそろ時間給取るわよ!」って人に思われること。
で、そのうち愛想を尽かされる流れになっちゃう。

・・・・・え?何ですって?うだうだ絡んでくるのはお前だろって?

 

本当ですね!!!!!
特に年明け前後くらいから、知り合って間もないけど親しみがある人(オバラさんとかオバラさんとかオデコさんとかKさんとか)にはそれはもう中学生のように…

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

と、まあ人にうだうだ自分の事ばかり訴えたいことってあるじゃないですか。
楽しい事・喜ばしい事だったら他人様に積極的にシェアしたっていいと思うんです。神経を逆なでするような自慢にならない程度なら。
けど、ネガティブな事って・・・。

話を聞いてくれる先方の時間も精神も奪って落ち込ませ得るじゃない。
そんなの、先方が「聞いてあげる。」ってイケメンな心意気だったとしても、まあ申し訳ないじゃない。
そもそも、訴えられる人がいない場合だって往々にあるじゃない。
そうしたら、言えなくて心が晴れなくて悶々とするじゃない。

そこで、「どうせ私には誰もいない。」って我慢して卑屈さに拍車をかけるんではなくて、
「私には私がいる。」って、思い出せばいいじゃない。

 

「あー疲れた!辛い!!誰か褒めて!」と思っているのも「私」。
「疲れたね。辛かったね。よく頑張ったね。」と、誰よりも心を込めて迅速に「私」に寄り添えるのも「私」。

ひどく寂しかったり、ひどく悲しかったり、そんなときってすぐ「誰かに傍にいて欲しい」って思います。
でも、まず自分には自分がいる。
「そうだね、悲しいね。」と自分を無条件で受け入れてくれる菩薩が片時も傍を離れることなくそこにいる。


 

「すぐ人に愚痴っちゃう」「心がずっと晴れない」という症状のある方。
「二重人格を生みそう」などと思わず、騙されたと思って、ご自分の心の内をすべて「そうなんだね。」ってただひたすら聴いてみてください。
心が訴えるのに飽きるまで。
ネガティブな事、人に言ったらドン引きされるに違いない事、絶対友達失くすわって事、なんでも。

大丈夫です。だって私には「自分」がいる。
私がどんなに卑怯だって、浅ましかったって、愚鈍だって、コンプレックスがあったって、思い出したくもない過去があったって、どうにもならない現状があったって。
「自分」だけは何があってもずっと私の傍を離れない。
そこにいて、いつだって「私」のことを見守っている。
どんなに誠実な恋人よりも誠実でいてくれる。

 

徐々にでも自分のことを自分で認められるようになれば、人に愚痴ってばかりではなくなるはず。
むしろ、こちらに話を聴くゆとりが生まれるかも。
心の中で自分の訴えに相槌を打ったように、次は人の話もうまく聴けるようになっているから。

それは強さ。度量。優しさ。懐の広さ。心の深さ。慈しみ。

深いところまで自分に向き合えば、いつの間にかそういったものが育つような気がします。

 

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