AVANCE

〜ビアン人生も悪くないですよ〜

心、体、魂

皆さん、今週も夜のてっぺんごきげんよう。


 

あのあの、人間って何で出来ているんでしょうね
こちら、今回のテーマです。

水分、脂肪、リン。
骨格、筋肉、腱、内臓、血管、リンパ管、外皮、脳。毛。
有効成分とやさしさ。
優しさと切なさと心強さと。・・・

全部正解!

私は、この点に関して、
「心」「体」「魂」の三つの要素で出来ている
というスピリチュアル的な視点に共感します。
(あと「霊」というのが追加される場合もあるようですが、ここではこの三つで。)
そう解釈したほうが私の場合は生きるのが楽になったから。

それはどういうことかというと・・・

・「心」(精神):認識、感情、顕在意識、コロコロ移り変わる
・「体」:今この記事を読むべく画面をスクロールしているその体です。現世で精神と魂を運ぶ器
・「魂」:潜在意識一貫性があり、変わらない
     自分の経験してきた記憶を前世~現世~来世~ぶんまでずっと蓄えている。

「体」は分かるとして、「心」と「魂」ってわかっているようで違いがよく分からないですよね。
●「心」(精神)は顕在意識、すなわち、普段生活している中で浮上している意識。
ここでは「嫌だなあ」「楽しいなあ」「疲れたなあ」といった心の声が流れている。出口近くだと思っていることを口に出しちゃいそうになることも。
●「魂」はそれよりもっと奥深くの潜在意識。
事柄や経験、それに対しての心の反応をも含め、顕在意識では見ていなさそうなところまで見ているデータ収集の鬼。鬼だけど、顕在意識に間違いのないアドバイスを送り続けてくれる優しい方///
一方で、顕在意識は潜在意識の声など知覚出来ないどころか潜在意識パイセンの存在自体忘れがちなのであった。
(けど、たまに「直感」・「フィーリング」といった形で声が届く。)

※諸説あります。

 

これら三つの要素があって「人間」(生物全般も)が出来ていると思っています。
三つの要素は、互いに連動したり、突き放したり、引っ張られたりしあっている模様。
例えば、

・連動
 (魂)「この記事を読みなさい」
 (心)「・・・これ気になるかも。読もうか。」
 (体)記事をタップ・スクロール・目で文章を追う

・突き放す/引っ張られる
 (体)「あー・・・おなか痛い。だるい。寝ておきたい・・・。」
 (心)「いやいや!そんなん言うても仕事行かな!」
 (魂)「寝ておきなさい」
 (心)「行かんと!ほら、起きて!」
 (体)「・・・仕方ない、行くよ。その代わり心さん、楽しい事でも考えておくれよ」
 (心)「え?無理と違う?だってあんたから痛みは伝わってくるし。そんなんうちも沈んだ気持になるに決まってるやん?ああ、痛い痛い。痛いのはいややな、全く・・・」
 (魂)「無理してもいいことは無い」
 (心)「・・・・ん?誰か何か言った?」

そして、三つが互いに寄り添うこともできる

例1・
(体)「つか、つか、疲れたでござる。今日は一日休みたいでござる。頭がだる重でめまいが…」

(魂)「大丈夫かい。休むべきだ。一日ゆっくり寝ていなさい。」
(心)「・・・・・・・・・。今日は、しんどいし寝よか。」
(魂)「・・・・・・・・・!?(心が素直、だと…!?)」
(心)「・・・いつもごめんなぁ。無理させているよなぁ。たまにはちゃんと休もう。頑張ってくれているんやもん。」
(体)「心殿・・・!助かるでござる・・・!」

例2・
(心)「・・・はぁー・・・。フラれたつらい・・・。」

(魂)「ほら、あの人とは合わないと言ったのに聞かないから。
    とはいえ大丈夫かい。今はだいぶ消耗してしまったから、休んで徐々に生活を戻していこう。」
(心)「・・・・ビールがぶ飲みしてやろうか・・・。」
(体)「心殿ー!心殿心殿!お腹すいたでござる!今日はお昼ごはんはビールと水菜なメニューは勘弁してほしいでござる!そろそろ胃に来るでござる!」
(魂)「うん、ひとまずは食事を摂りなさい。このままビールだけの生活にしては自分をまたダメにしてしまうよ。」
(心)「・・・・だね。何かちゃんと作ろうかな。味噌汁飲みたい・・・。」
(魂)「・・・・・・・!?(心が応答した、だと…!?)」
(体)「やったー!味噌汁にはわかめと舞茸を入れて欲しいでござるー!」

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

 

私たちは、「心」だけで生きているのではない。
     「体」だけで生きているのではない。
     「魂」だけでは現世に形のあるものとして留まれない。
      現世におけるあらゆるパターンのデータを取れない。

三つすべてが一緒になってやっとここに居られる。
社会生活や人間関係のために、一つが他の二つをけん引したり、ムリヤリ動かしたり、意見をバッサリ切り捨てたり、
時には直感のまま、体の訴えるままあまり何も考えず動いてみたり。

「心」「体」「魂」。
互いが離れることも出来ず、運命共同体として、一つの「私」を動かしている。

 

 

ここで、前回の話にやっと繋がるのですが・・・

(暗ブログ「自分の受け皿はまず自分」↓)
http://avance2017.com/post-2026

「私には私がいる。誰よりも誠実に迅速に「私」に寄り添える「私」が。」
これはつまり、
「心」には「体」と「魂」が。
「体」には「心」と「魂」が。
「魂」には「心」と「体」が。

いる!と、言いたかったんです。

一つが弱っても、あと二つも私には付いている。一つダメになったからと言って、「私」自体がダメになるシステムじゃない。

支え合えるシステムがあるんだから、いつも互いに突き放していてはよろしくない。
訴えが出れば、手が空いたときにでも耳を貸さなければ。
どれかの意見を無視し続けていたら、それが弱ってしまう。
誰あろう自分のせいで。
ただの忙しさや周囲への気遣いのせいで。

。。。。。。。。。。。。。。。

 

それって、とても悲しい事ですよね。
「心」も「体」も「魂」も「私」のためにそこにいてくれるのに。ずっと一緒にいてくれたのに。
誰よりも「私」のために尽くしてくれているのに。
「私」がそれを顧みず、感謝もメンテナンスもせず放っておくなんて。
それって、「私」を損なうことに他ならない。

「世界一大事に思ってくれている存在の事を、私はずっと無視している上に傷付けている。」

そのくらいの危機感でもいいんじゃないでしょうか。
素直に自分を大事に思う存在の声かけに応えれば、「自分は大事なんだ」と思えるのに。
心の落ち着けるその機会を自分から避けているなんて。

「心」や「体」が傷んでいる(そして、「魂」なぞ知ったことじゃない)という自覚のある方、
そこまで傷めたのは自分なのかも
訴えがあるのに知らない振りをしてきたせいで。

でも、無理をしないで。訴えにふたをしないで。

 

「体」を癒すなり、
「心」の声を書き出して整理するなり、
「魂」(潜在意識)のアドバイスを汲もうとぼうっとしてみたり、

たまには自分に時間を充ててください。
外側の為に時間を使う事ばかりが「有意義」や「充実」じゃないと思うんです。

 

外側のことは、自分のことが落ち着いてからでもきっと間に合う。
傷んだ状態であれやこれや欲張っても、傷んだところから吸収したはずのものが漏れ出ちゃう。
まわりにも傷んでいることが知れちゃう。気を遣わせちゃう。
疲れが、いつか重大なミスを引き起こしちゃう。
そうならない前に、まずは、改めて「心」「体」「魂」の訴えに耳を傾けて。

「忙しくしてるのに虚しい方」こそ、いま一度、自分に寄り添うべきと思います。

「私」には、「心」も「体」も「魂」もいてくれる。
「私」には、生きてる限りもうずっと大切にしてくれる存在が付いている。(というかそれで出来ている)

 

これは一つの考え方に過ぎませんが、生きることの手助けになれば幸いです。
みんな、生きやすくなぁれ。

 

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